中庸への回帰

ベンチャーキャピタリスト/山家 創(やんべ そう)のブログです。

米VC:Lux Capitalから読むトレンド

昨年に記事を見てからずっと気になっていたLux Capital。

forbesjapan.com

Lux Capitalの創業者、ジョッシュ・ウルフは異色のベンチャーキャピタリストだ。彼は約20年のキャリアの大半を、他のVCが敬遠するようなリスクの高いハードテックに投資をして成功を収めてきた。「投資を実行してから3、4年後に世の中に理解してもらえればいい」と彼は話すが、ウルフの手腕を評価し、資金を委ねたいと考える投資家は多い。


最近の日本でも、いわゆる研究開発型ベンチャー大学発ベンチャーへのVC投資は増えていると思われるが、まだまだIT・サービスが主流の中、VCの本場米国で約20年を「ハードテック」にフォーカスしているのだから、すさまじい。

Investing in people inventing the future

Lux Capital invests in emerging science and technology ventures at the outermost edges of what is possible.


「未来に張ってるやつに投資する」


Lux Capitalのホームページに真っ先に現れるキャッチコピーだ。
まず最初に人(people)と未来(future)、その次に科学と技術(science and technology)。哲学が滲み出ている感じが良い。

ウルフは、自身の仕事について次のように述べている。「我々は、野心的でありながら、謙虚さも併せ持つ必要がある。Lux Capitalは、世の中を変革する次世代技術にしか投資をしないが、どれがモノになるかは全くわからない。唯一確信を持って言えることは、我々の投資先の中でも、最も革新的な企業からそうした技術が生まれるということだ」。

ポートフォリオ

ポートフォリオは幾つかのジャンル(Industries)に分類されている。Otherを含めて、19種類だ。
この辺りは、定義づけを含めてファンドが追っているトレンド、領域が色濃く出るところで、注意深く見ていきたい。
ちなみに、彼らの定義するThe (Near) Future*には、宇宙、空、海、コンピューター(の中)、道路、モノとデジタル、人の脳とカラダという領域で、自社のポートフォリオマッピングしている。

3D Imaging

これをカテゴリーとして持ってくるというのは、1つ特徴的だと思う。
例えば、同カテゴリの3Scanは、高速に細胞組織の3次元データを出力する技術を保有していて、これにより病理診断の精度向上、例えば、がん診断の精度向上などに寄与するとみられる。AIを利用した医療診断の効率化、精度向上はまさにトレンドだが、診断の元となる画像の3D化というところか。
他には、カメラで撮影・スキャンした空間を3次元マップとして提供するmatterport、など。まさにモノとデジタルだ。

  • 細胞をスキャンして3Dデータにし、病気の究明に役立てる「3Scan」インタビュー

細胞をスキャンして3Dデータにし、病気の究明に役立てる「3Scan」インタビュー | ×(かける)テクノロジー


3D Printing

日本では、ベンチャーとしてあまり見られない3Dプリント領域。以下で見るように「Advanced Manugacturing」という領域も存在するが、ものづくりの進化という意味で3D Printingにフォーカスしているようだ。
例えば、Desktop Metalは、金属製の3Dプリントを"安価かつ高速"に行うことが出来る。既に200億円以上を調達しているというから驚きだ。
Shapewaysは、toC向けの3Dプリントだ。製造だけでなく、流通まで手掛けている。
SOLSは昨年Aetrexに買収された。

thebridge.jp


Advanced Manugacturing

例えば2017年に投資されたVeo Roboticsは、3Dカメラとソフトウェアで産業用ロボット向けに「眼」を提供する会社。これは日本にもKyoto Roboticsなど、類似が存在する。
他にユニークなところとしては、2015年に投資されたTempo Automationで、プリント基板を3日で完成されると銘打っている。14年投資のPlethoraも同じようなコンセプトで、少量・中量・カスタマイズ性の高い製造を3D CADで解決することを狙っている。上で見た3D printingと似ていて、ものづくりの進化としてのデジタル領域の進歩と製品志向として消費者毎にカスタマイズ化、それによる「変量生産」に対する技術ソリューションというところか。

  • 3日で最大30層のプロトタイプ基板を作ってくれるTempo Automationという会社

www.eda-express.com


AI & Machine Learning

個人的には、「一番耳にするけど、一番よく分からない領域」。ポートフォリオとしては投資先が多く、14社。
Nervana Systemsは、2016年にインテルに買収されたニューラルネットワーク専用プロセッサーを開発するベンチャーだ。買収額は3億5000万ドルにものぼる。Lux Capitalの投資が2015年だから、EXITまで1年。早い。こうしたハードテックを社会実装させるには、必ずしもIPOが適切ではないという裏付けであろう。

  • Intel、深層学習用プロセッサ「Nervana NNP」

pc.watch.impress.co.jp

jp.techcrunch.com


Biotechnology

KallyopeのようにLuxが「co-founded」している投資先がいくつか見られる。技術シーズに対して、シリアルアントレプレナーを連れてくる、チームビルディングするというVC本来の経験値、ネットワークが溜まっている証左であろう。ちなみにKallyopeは腸と脳との関係性を細胞レベルで解析し、創薬プロットフォームを構築することを目指しているようだ。


Computer Vision

2015年に設立されたRIPCORDには、翌年2016年にLuxから投資をしている。2017年末にはGoogle Venturesらも投資した。同社は「ペーパーレスの世界」を目指して、専用のスキャナとソフトウェアで、資料(紙)のデータ化をソリューションとして提供する。ハードテックに投資するLuxにとっては、やや「柔らかい」技術を持っている会社。ハードウェアとソフトウェアに、もはや垣根なしか。

  • 企業の紙の書類の山をロボット軍団を使ってデジタイズするRipcordGoogle Venturesらが投資

企業の紙の書類の山をロボット軍団を使ってデジタイズするRipcordにGoogle Venturesらが投資 | TechCrunch Japan


Computing & Infrastructure

個人的には、一番胸熱なカテゴリーだ。2016年にIPOしたMRAM開発のEverspin、FPGA開発のFlex Logix、シリコンフォトニクスのLuxtera。Luxteraに投資したのは、なんと2009年だ。シリコンフォトニクスなぞ、一般的なファンド償還期限の10年で回収なんて、まず無理な技術であろう。熱すぎる。2017年には量子コンピューティング開発のRigettiに投資した。(投資自体は、米著名VCのAndreessen Horowitzがまとめたようだ)

  • 量子コンピューティングでテック大手に対抗する極小企業、Rigettiの挑戦

wired.jp

  • Report: Silicon Photonics Technology at “Tipping Point”

Report: Silicon Photonics Technology at “Tipping Point” | Optics & Photonics News


Connected Devices

Nozomi Networksは、つい先日15MドルのシリーズBを成功した企業だ。AI、機械学習を利用して産業用制御システム(ICS)に特化たセキュリティソリューションを開発するらしい。Connected Devices、広義のIoTにおいて、サイバーセキュリティは間違いなくトレンドだ。


Digital Health

Happies Babyは、著名な小児科医であるDr. Harvey Karpがファウンダーだという点でユニークだ。いわゆるゆりかご、今でいうバウンサーだが、赤ちゃんが好むと言われるホワイトノイズ(「ザー」ではなく「シャー」と聞こえる音)や揺れで、赤ちゃんの眠りを促すと言う。正直、これは「ハードテック」なのか?と問いたくなるが、そうではない。テクノロジーは課題を解決する手段でしかない。


Drones

AirMapは、昨年楽天との間で合弁会社(楽天AirMap)を設立されたことで有名だ。ドローンの状況認識や飛行計画の支援、また、ジオフェンシングやサイバー脅威などに対するソリューションを提供している。いわゆる無人航空機管制(Unmanned Traffic Management,「UTM」)ソリューションだ。
まさしく「海のドローン」で海洋データ、漁獲データ、環境データモニタリングなどのソリューションを計画する「Saildrone」も投資先の一つだ。

  • 人が乗り込まなくても遠隔操作で航行可能な海のドローン「Saildrone」

gigazine.net


Energy Technology

この領域には、最近の投資は見られない。最後の投資が2012年のG2X Energyだ。この会社は天然ガスからメタノールを製造することを目指しているようだ。メタノールは液体として輸送ができるし、分解すれば水素を取り出すことができる。最近では、中国科学院が20億円を投じて、メタノールプラントの建設する計画も見られる。


Hardware

これまで見てきたような3D Printing、AI & Machine Learning、Droneに掲載されている企業と重複する領域であるため、割愛する。


Nanotechnology & Advanced Materials

2017年に投資されたPivotal Commwareに注目したい。同社はHolographic Beam Formingと呼ばれる、MIMOに代わる次世代アンテナ技術であり、5G通信に求められる技術を開発する。類似技術としてはソフトバンクのMassive MIMOになるであろう。
Pirovatal Commwareの独自性は、メタマテリアルと呼ばれる「自然界の常識を超えて光を自由自在に操ることができる人工材料」を扱う技術にありそうだ。メタマテリアルの理解が追いつきそうにないが、理化学研究所でも研究されているようだ。


Neuroscience

2014年に投資されたHalo Neuroscienceは、脳の処理プロセスを最適化することでパフォーマンス向上を図るアスリートなどへ、ヘッドセット型のデバイスを開発する。これだけ見ると、どうも装着感が悪そうで、とても普及するイメージが湧かないのだが、トップのトライアスリートも使用しているようだ。

  • 神経科学でアスリートの成績向上はかるヘッドホンHalo Sport発表。リオ・オリンピック出場選手もトレーニングに使用

神経科学でアスリートの成績向上はかるヘッドホンHalo Sport発表。リオ・オリンピック出場選手もトレーニングに使用 - Engadget 日本版


Open Science

カテゴリー設定自体がユニークな領域。2015年に投資されたAuthoreaは、オンラインで学術・技術論文を作成できるプラットフォームだ。おそらくはドキュメンテーションを効率化するのが本流ではなく、プラットフォーム上で様々なユーザーが生み出すコラボレーションを意図するサービスであろう。まさに「Open Science」。いわゆる日本で言うモノづくりベンチャーにとらわれず、こうしたテクノロジー・プラットフォーム企業にも投資する点は、興味深い。話はそれるが、このAuthoreaのOffice Playlistが最高にクールだ。


Other

ここでは割愛する。


Robotics

さあ、残るはロボット・宇宙・VR & ARという、日本でも話題の領域だ。まず、ロボットでは2017年に投資されたEmbodied Intelligenceを取り上げたい。
ホームページにもほとんど情報がないのだが、以下の記事も含めて、産業用ロボットへのティーチングを不要(簡素化?)するようなAIソフトウェアを開発する企業のようだ。
日本でもPFNとファナックが連携したり、MUJINのようなベンチャー企業もティーチレスの産業用ロボットコントローラーを開発している。百花繚乱の領域だ。

  • ネット通販の隆盛で、「ロボット・ルネサンス」は加速する──いかに機械は「倉庫」から進化を遂げるのか

wired.jp

「ロボット工学はとても長い間、研究ばかりに力を注いでいて、物事を実世界に当てはめることをしてきませんでした。実世界は難しすぎるからです」と語るのは、カリフォルニア大学バークレー校のロボット研究者であるピーター・アビールだ。彼の新しい会社、Embodied Intelligenceは、産業ロボットをより賢くすることを目指して活動している。「アマゾン・ピッキング・チャレンジは、人々が、『すごい、これって実世界のことで本当に必要なんだ。研究できるんだ』と語るもののひとつです」

Space

2013年に投資されたPlanet Labsは、17年にGoogleから衛星画像事業Terra Bellaを買収したことでも有名だ。画像衛星から取得されう中・高解像度の画像データから、防衛、農業、保険など様々な業界に対して有益なモニタリングデータをビジネスとして提供している。

  • Googleが衛星画像事業Terra BellaをPlanet Labsに売却、Earthの画像はライセンスにより継続

jp.techcrunch.com


VR & AR

個人的に関心の薄い領域だが、Lightformを取り上げたい。以下の記事にあるように、プロジェクション・マッピングによりARを表現するプロジェクターという表現が近いだろうか。記事によると、既存のプロジェクション・マッピングの問題点は3点で、Lightformは全てを解決するという。特に「動くモノ」にマッピング出来ることが、特徴のようだ。

  1. プロジェクターが、スマホやHololensほどモビリティー(運搬性)に優れていないこと
  2. プロジェクション・マッピングを実行するために必要な手順が、多数の専門家でなければ実行できないこと
  3. 投影した画像とユーザーが相互作用できないこと

すでに約15億円の資金調達をしているベンチャーだが、上の「Computer Vision」でも書いたが、モノ(アナログ)と情報(デジタル)、ハードウェアとソフトウェアの垣根なしと言わんばかりで、特にこの辺りはアメリカのベンチャーが得意そうだなと。

vrinside.jp

  • プロジェクターを使ったARのLightformが生産に向けて5.5億円を調達

vrinside.jp


まとめ

ここまでLux Capitalのポートフォリオを俯瞰してみたが、最後に個人的に追っていきたいテーマをまとめたい。社会課題として、僕が解決したいテーマは3つある。


  1. ハンディキャップと地域格差(Handicap & Regional disparity)
  2. 情報インフラ(Information infrastructure)
  3. 食料資源(Food resources)

ハンディキャップと地域格差(Handicap & Regional disparity)

身体に何らかの障害(機能障害)を持ち、そのために能力障害を抱える結果生まれる、社会のHandicap(社会的不利)を解決したい。テクノロジーとしては、医療機器やバイオマテリアルなどに焦点を当てる。Lux Capitalのポートフォリオで言えば、「3D Printing」の医療応用、「Nanotechnology & Advanced Materials」、「Neuroscience」あたりだ。メタマテリアルが医療に応用される日がくるかもしれない。

医療からスピーカーまで、音波を自在に操るメタマテリアル | Telescope Magazine


もう一つの地域格差(Regional disparity)は、日本国内で感じることで、「東京都一極集中を止めよう」というよりは、「各地方の特徴を活かした産業を作ろう」に近い。行き着く先は、「誰でもどこでも働きたい場所で働くことができる世界」だ。そのためには、次にある「情報インフラ(Information infrastructure)」や「食料資源(Food resources)」が関わってくるのだが、Luxの「Open Science」は一つのアプローチかもしれない。

  • 「障害」を意味する英単語、"impairment"と"disability"と"handicap"

「障害」を意味する英単語、"impairment"と"disability"と"handicap" | kzakza's Blog


情報インフラ(Information infrastructure)

スマートフォン、5G、AIなどなど、これまでもこれからも情報流通量の爆発的な増加は避けられない。「情報とは、何か」という問いは漠然とし過ぎているが、「情報格差」という言葉が存在するように、情報とは何らかのの格差を生み出す。ならば、情報があまねく届くように技術を用いよう。「情報」ではなく「情報インフラ」と敢えて課題設定したのは、「届く」という基盤を支えたいからだ。
AI & Machine Learning」や「Computing & Infrastructure」はもちろん、「Computer Vision」、「Connected Devices」、「Nanotechnology & Advanced Materials」など、Luxから良いキーワードを拾うことができた。シリコンフォトニクス量子コンピュータニューラルネットワークメタマテリアル(通信への応用)は追っていきたい。


食料資源(Food resources)

これはLuxのポートフォリオにも見られないテーマ設定だ。強いて言えば「Drones」だろうか。
SDGsで採択された17の目標を見ても、うち6つは食料資源に関わるものだ。
日本においても、農業や漁業、一次産業全般の担い手不足など、課題は大きい。食料生産をテクノロジーで前進させることは、マクロ的にも意味があるし、日本国内のミクロな視点においても、例えば地方の一次産業が発展することで、先に挙げた「地域格差」が減るかもしれない。
農業、養殖、食品加工に関わるテクノロジーを追っていきたい。



1.  貧困をなくそう
2. 飢餓をゼロ
6. 安全な水とトイレを世界中に
13. 気候変動に具体的な対策を
14. 海の豊かさを守ろう
15. 陸の豊かさも守ろう


SDGs(エスディージーズ)とは?17の目標を事例とともに徹底解説 | 一般社団法人イマココラボ


最後に

Lux Capitalのポートフォリオを調べながら痛感したのは、どのベンチャーのホームページもデザインが良い、格好良い、ということ。これがLuxによる支援、指導の結果かどうかは分からないが、とにかくデザインが素晴らしい。日本の研究開発型ベンチャーで、この点に感度を持っている企業は少ないと思う。投資家を集める、仲間を集める、そのために自社を知ってもらう、期待値を上げるという取り組みが大事だ。